城戸 顕(リハビリテーション医学講座教授)
【はじめに】
2019年末、中国武漢での報告に端を発する新型コロナウイルス感染症は本稿執筆中の2022年1月現在も未だ世界中で猛威を振るい続け、日本もまたオミクロン株による第6波の渦中に有ります。リハビリテーション治療はあらゆる急性期患者の予後改善・社会復帰に必須とされる一方で、医療者と患者間の距離が近く(ゼロ距離での対面診療),また一単位20分からの濃厚接触による治療的運動学習を基盤とすること、さらにリハビリテーション科技師は診療科横断的に連日複数名の患者と接する診療特性から、感染クラスター源となるリスクが極めて高い治療という位置付けになります。また、新型コロナウイルス感染症の有する障害は決して呼吸器感染症によるもののみではありません。むしろ既存の脳血管障害や神経難病、進行癌、重度外傷、認知機能を含む加齢性変化などに本症による軽度の呼吸器症状が合併した病態が大多数の患者の障害像であり、このような状況下では一層リハビリテーション治療の継続的な実施が求められます。我々もまた大学病院の診療部門のひとつとして県民のみなさまに対する治療が少しでも滞らないよう多職種で連携しこれらの課題に取り組んで参りました。
【リハビリテーション診療はチーム医療】
リハビリテーション診療は、教授以下(応援医師含め)総数11名の担当医、理学療法士(PT)32名、作業療法士(OT)10名、言語聴覚士(ST)5名、看護師1名およびメディカルクラーク2名で構成される当院最大規模のチーム医療の一つです。当院においては各診療科からの診察依頼をうけ担当医が理学所見、神経学的所見、画像、採血データを含むリハビリテーション診察に基づき訓練処方を作成、訓練処方に従い技師は治療訓練を即日開始、各治療の状況は毎朝のカンファレンスにての報告・評価・検討を経て担当医師による再診、二次治療訓練の実施などに繋がる流れになっています。
【第1波から第5波までのリハビリテーション診療の経過(図1,2)】
2020年4月、入院患者の重症化に伴い救急ICUより当院第一例目のリハビリテーション診察依頼がありました。呼吸管理の状況から遠隔対応にて非接触リハビリテーション治療を開始、5月から接触治療(直接訓練)へと移行しました。気管切開下ではありましたがチーム医療による離床訓練は速やかに進み(図3)、良好な機能回復の経緯を辿り自宅退院の運びとなりましたことは治療スタッフ一同心からの喜びであります。第2波においては当科でも第1波における経験・情報が蓄積され、比較的スムーズに対応できた感があります(図4に言語聴覚士による非接触訓練の様子をお示しします。言語聴覚士の行う摂食嚥下訓練はもっとも感染リスクの高い直接訓練ですが、このような遠隔訓練の併用が安全性と治療効果をあげました)。しかしながら第3波では新たに多数の高齢者施設のクラスター事例を受け、(いわゆる重度の複合障害を有する)介護必要度の高い患者が増えたことによりハビリテーション診察依頼が急増しました。さらに第4波では職員の感染事例や濃厚接触者認定、ワクチン接種後の副反応による病気休暇事例があり組織対応が求められました。第5波では、全国的に陽性者数の急増がありましたが、奈良県では県内における受入病院の役割が整備されたことにより、当院では呼吸管理を行う40-50歳代のハイリスク重症患者の対応が主となりました。
【チーム一丸となり未知の恐怖に向かう】
この特殊な状況下、リハビリテーション科医とリハビリテーション科技師との連携は一際重要でした。リハビリテーション診察に関しては(技師による)治療訓練の開始前、理学所見、神経学的所見、訓練リスク評価など(医師による)対面診察が不可欠であり、すべての患者の診療開始にあたっては教授を筆頭に教員4名で連日感染病棟での対面診療にあたり、各医師は年間 100名程度の初診・再診にあたりました。新入院が続く時期はC8、B7、救急ICU, CCU, バースセンターとすべての病棟の新患を全員でほぼ毎日分担致しましたので、当該時期の感染エリアでの医師の活動時間はどの診療科の先生よりもリハビリテーション科医が長かったのではと自負しています(あくまで主観的尺度に基づく感想です)。
ハイリスク患者の初回診察時には技師を帯同とし、特に訓練の治療強度と中止基準については仔細にわたり情報共有を徹底しました。治療経過については週に2回、早朝の「コロナカンファ」にて技師よりの報告を入念に検討し、情報共有のうえ難渋症例の再診にあたりました。感染予防の見地からリハビリテーション室(訓練室)での集団訓練、患者対応を一時停止、すべての訓練はベッドサイドおよび病棟実施としリハビリテーション室を(臨時)技局として活用することとしました(図5)。これらは他院においてリハビリテーション部門が大規模クラスターとなった事例を鑑みての対応です。
リスク管理の観点から、病棟対応別に技師組織を再編いただきました。さらにその中において新型コロナ対応専門チームを編成していただきました。その他、対面における会議はほぼすべて中止し、技師毎の情報共有は電子カルテ内のメールの活用を図りました。
リハビリテーション科技師にとっては、これまであまり経験してこなかったPPE(注1)着脱やPPEの量的な不足が大きな課題となりました。新型コロナの感染様式については当初、空気感染?など様々な情報が錯綜していたため技師からは直接訓練への不安の声が多くあがり、一方で病棟や医師からは直接訓練への強い要請がありました。北村哲郎副技師長が中心となり医療技術センターや病院管理課と連携して技師のPPEの確保に務め、またICT(注2)と連携しPPE着脱研修を繰り返して頂きました。また北村副技師長は診療に係る特別休暇制度、各種インセンティブ、宿泊施設利用、健康管理センターの利活用支援のため人事課との連携強化にも努めました。
リハビリテーション室における訓練は2020年6月に感染予防策を徹底した中で再開、また2021年8月のリハビリテーション医学講座開講を機に、週に2回の早朝コロナカンファに替わり、毎朝の(コロナを含む)急性期リハカンファレンスが開始されました。保険診療上、リハビリテーション科技師による治療訓練はマンツーマン対応が基本とされてきました。しかし医療インフラの危機的状況ともいえる感染拡大下では患者の安全性確保を最優先し、ハイリスク患者に対してはリハビリテーション科医師の責任のもと技師複数名による治療も運用・実施することと致しました。
【まとめ】
新型コロナウイルス感染症におけるリハビリテーション治療の実施においてはICUでの(超)急性期対応だけでなく、基礎疾患を有する複合障害患者のADL(注3)能力低下の対応にも大きな役割が求められました。何もかもが初めての状況でしたが、リハビリテーション部門の技師、看護師、メディカルクラーク、医師の連携のもと積極的に診療にあたることができましたこと、全スタッフ並びに関連部署の職員の皆様のご理解・ご支援に深謝いたします。チーム医療は役割の明確化、情報の共有、目標の共有が必須であり、臨床医学側面だけでなく、多職種の労働環境の配慮やガバナンスの強化、さらに診療状況によっては既存の制度に固執しない柔軟な対応が必要であることを部門全員で学んだ2年間であることを付記しましてこの稿を終えさせて頂きます。みなさま、本当に有難うございました。
(注1)PPE・・・個人防護具
(注2)ICT・・・感染管理室
(注3)ADL・・・日常生活動作