臨床研修医の活躍

臨床研修センター センター長 赤井 靖宏

はじめに

 初期臨床研修医は、医師免許を取得した後に2年間行われる必須の臨床研修中の医師です。病院全体の機能が新型コロナウイルス感染症(以下、「コロナ感染症」という。)の影響を受けましたが、初期研修も例外ではなく、コロナ感染症の蔓延初期には、経験症例・手技の減少がありました。そのような中、発熱外来の開設やコロナ感染症患者の入院が増加して、研修医もコロナ診療を行うこととなりました。本稿では、2021年末までの初期臨床研修医のコロナ感染症医療従事について述べます。

(1)研修医の院内での活躍

 発熱外来の開設に伴って、病院長から研修医の発熱外来への従事を要請されました。そこで、平日2名の研修医を発熱外来担当として割り当てることとなりました。研修医の業務は問診や患者説明などでしたが、この非常事態における医療の実態を研修医が現場で経験する機会となりました。

 研修医は各診療科をローテートしていますが、診療科におけるコロナ診療にも従事しました。診療科の先生方が、コロナ診療においても研修医に対して丁寧な指導をいただいたことに感謝します。研修医のコロナ診療従事を行っていない臨床研修施設もあります。当院の初期研修医は、コロナ感染症診療に積極的に従事しました。

(2)研修医のワクチン接種での活躍

 初期臨床研修医は、新型コロナウイルス感染症に対するワクチン(以下、「ワクチン」という。)接種に積極的に協力しました。

1)院内でのコロナワクチン接種

 わが国のワクチン接種は、2021年2月17日から開始され、本学では、3月8日から職員に対する接種が開始されました。職員に対する院内での接種について、病院長から研修医の動員を依頼されました。臨床研修センターでは、研修医をワクチン接種にも積極的に従事させることとし、研修医の先生に文書等でお願いしました。また、研修医が安全に筋肉注射を施行するため、臨床研修センターで筋肉注射実践のための研修医指導を開始しました。副センター長で整形外科医の仲西康顕先生が、詳細かつわかりやすい「筋肉注射手技マニュアル」を作成し、研修医に実技指導を行いました。余談ですが、仲西先生が作成したマニュアルは、従来行われていた筋肉注射手技が神経損傷などの注射後障害を起こす可能性が高いことを解剖学的に明らかにし、神経損傷を惹起しにくい注射部位と注射手技を明確に示しました。筋肉注射マニュアルを含む筋肉注射に関する研究は論文化されて全国に発信されました。また、筋肉注射マニュアルは、臨床研修センターHPに公開されたため、全国の医療従事者から注目され、学会などが発表していた筋肉注射の動画が改変されるなどの影響がありました。その後も、仲西先生に対する各方面からの問い合わせが臨床研修センターには多く寄せられています。

 本学職員に対する接種では、連日3-4名の2年目研修医が接種に従事しましたが、約4,400人の職員の2回の接種、計約8,800回の接種のほとんどを2年目研修医が担当しました。

2)院外でのコロナワクチン接種

 わが国の一般住民(高齢者)に対するワクチン接種は、2021年4月から開始されました。奈良県でも市町村を中心にワクチン接種が開始されるにあたり、奈良県の全研修医に、奈良県庁からワクチン接種に対する協力が依頼されました。この依頼に対して、奈良県の臨床研修基幹病院と県が構成メンバーである奈良県臨床研修協議会の緊急会議が2021年5月9日に開催されました。会議では、奈良県の臨床研修基幹施設の責任者がすべて参加し、研修医のワクチン接種参加について協議されました。施設によって若干の意見相違がありましたが、奈良県の全研修医がワクチン接種に協力することが最終的に決議されました。研修医がワクチン接種で手当を得ることがアルバイトに当たらないのかという意見があり、奈良県医療政策局長の鶴田先生から厚生労働省に問い合わせをいただきました。その後、数日して、厚生労働省から、今回のワクチン接種従事に対する手当は、アルバイトには当たらないとの見解が全国に通知されました。5月26日には、奈良県が主催するWeb説明会が、研修医と指導医に対して行われました。説明会では、研修医ならびに指導医の役割、予診票や問診票の確認、会場の動線などについて説明が行われました。

 本学の研修医は、まずは2年目の研修医がワクチン接種に従事することになりました。本学研修医は、橿原市をはじめ、御所市、桜井市、葛城市、北葛城郡広陵町などの接種を担当することとなりました。一般住民の接種にあたり、アナフィラキシーショックなど、不測の事態に対応することが必要であったため、臨床研修センターでワクチン接種時の対応について指導を行いました。当センター副センター長の岡田定規先生が講義を担当し、接種に従事する全研修医にワクチン接種についての実践的指導を行いました。実際のワクチン接種は、2021年6月の第2週目の橿原市接種から開始されました。橿原市の接種会場は、本学から徒歩約10分の市立体育館で実施されました。本学からは、研修医5名に対して、指導医が1名の体制で派遣され、研修医は住民への問診やワクチン接種に従事しました。実際の現場は大変忙しく、1日の接種者が900人を超えることもありました。研修医からは、「休憩時間が十分にとれない」、「暑い!」などの意見があり、特に、8月など真夏の接種会場は極めて暑く、熱中症になる受診者もおられました。研修医の意見は接種会場管理者にお伝えし、改善について話し合いました。同様の体制で他の自治体にも出張し、研修医が自治体ワクチン接種に協力しました。なお、2021年6月第3週からは1年目の研修医もワクチン接種に参加することになりました。1年目の接種参加においても、臨床研修センターで接種における様々な対応や筋肉注射手技についての指導を行いました。臨床経験に乏しい1年目研修医に対しては、問診、救急対応やワクチン接種手技についてより詳しい講義・実習が行われました。

 研修医のワクチン接種従事を割り当てるにあたっては、ローテートしている診療科や研修医への通知、自治体とのスケジュール等の調整など、膨大な事務作業が新たに生じ、臨床研修センター事務スタッフには大変お世話になりました。

 研修医がワクチン接種に参加するにあたり、受診者から苦情が出ないか、救急対応は大丈夫か、などの心配がありましたが、幸い住民の皆さんは全般的に研修医の参加を受け容れてくださり、中には温かい言葉をかけていただいたこともあったといいます。また、救急対応についても、上級医の先生のご指導もあり、いろいろな急性イベントに対応しました。

 研修医が特に大きな役割を果たした橿原市の1回目と2回目の集団ワクチン接種においては、59,696回の接種のうち、64.3%にあたる38,369回の接種を当院初期臨床研修医が担当しました。

(3)研修医はコロナ感染症医療従事をどう考えているか
~アンケート結果からの検討~

 コロナ感染症が蔓延する中で、初期臨床研修医もいやおうなしにその渦に巻き込まれました。コロナ感染症は、コロナ感染症そのものの診療やワクチン接種に研修医が関わったのみならず、病床制限などで研修医の本来の臨床経験が減少する危惧がありました。臨床研修センターではできるだけ本来の研修が不十分にならないように研修の調整などを行いました。そのような状況の中、研修医の先生方には、研修の貴重な時間を削ってワクチン接種に携わっていただきました。臨床研修センターでは、このような状況を研修医はどう考えているのか?研修医はコロナ感染症診療を嫌がっているのではないか、などの懸念がスタッフ間で話し合われていました。そこで、これらについて研修医の率直な意見を聞くために、研修医に匿名でアンケート調査を実施しました。

 アンケートは2021年9月にWeb上で実施しました。対象は、調査実施時に本学附属病院で研修していた医科研修医91名で、68%の62名から回答を得ました。アンケートの一部を紹介します。

  • ① コロナ感染症(疑似症例を含む)患者の経験症例数を尋ねたところ、35%の研修医が20例以上の経験があると回答しました。経験のない研修医は5%であり、大半の研修医が何らかの形でコロナ感染症(疑似症例を含む)患者を経験していました。最も多く経験した研修医は、50例以上のコロナ感染症(疑似症例を含む)患者を経験していました。
  • ② コロナ感染症患者対応が臨床研修において有用と考えるかを尋ねたところ、66%の研修医が、「非常に有用」あるいは「多少は有用」と回答しました。「有用」の理由は、PPE(個人防護具)装着手技が学べたこと、パンデミック対応が経験できたこと、肺炎・感染症診療が深く学べたこと、感染症予防策が学べたこと、などでありました。一方、「有用でない」と回答した理由は、PPE(個人防護具)などが煩雑、あまり勉強にならなかった、今後の診療に無関係、との意見がありました。
  • ③ ワクチン接種従事が臨床研修において有用かどうかを尋ねたところ、67%の研修医が、「非常に有用」あるいは「多少は有用」と回答しました。「有用」の理由は、筋肉注射手技が学べたこと、問診について学習できたこと、アナフィラキシーへの対応が学べたこと、地域貢献ができたこと、やりがいを感じられたこと、病院とは違う「住民」への対応ができたこと、などの意見がありました。一方、「有用でない」と回答した理由は、普段の研修が削られること、リスクや責任を重く感じること、などがあり、ワクチン接種にストレスを感じていた研修医がいることが明らかとなりました。
  • ④ 自由記載をたくさんいただきました。慣れない発熱トリアージ外来や入院患者のコロナ診療で苦労したこと、言葉の通じない外国の方への対応、アナフィラキシー症例の経験、初対面の方に次々と問診をするとまどい、などがつづられていました。

おわりに

研修医のコロナ感染症医療従事をどう考えるべきか?近隣の大学病院・研修病院では、初期臨床研修医は全くあるいはほとんどコロナ感染症診療に携わらせていない病院もあります。本学では、病院からの要請もあり、他の医療者と全く分け隔てなく初期研修医をコロナ感染症医療に従事させる方針で臨んできました。もとより、初期臨床研修の到達目標は、医師としての基本的価値観(プロフェッショナリズム)が大きな目標として定められています。今回のコロナ感染症のパンデミックは、まさに医療者としてのプロフェッショナリズムが問われる局面であり、初期臨床研修医がチームの一員としてコロナ感染症医療に携わることは必須であると臨床研修センターでは考えています。研修医に対するアンケート結果からは、今回のコロナ感染症医療従事をポジティブにとらえている研修医が多かったです。今まで経験したことのない感染症パンデミックに積極的に対応してくれた本学初期臨床研修医を誇りに思うとともに、その貢献に改めて深く感謝します。