手術/IVR/心カテWGリーダー 川口 昌彦(麻酔科 教授)
新型コロナウイルス感染症対策として、手術を含め、IVR(血管内治療)、心臓カテーテルにおいては、手術前検査、同意書取得、感染対策などにおいて同様の取り決めが必要となるため、手術/IVR/心カテWGが立ち上げられた。本記録集では主に手術室での経過について振り返ります。
○新型コロナ感染症拡大前の体制
中央手術部では2003年末に完成したC棟の3室に加えて、2016年9月末に稼働開始となったE棟の12室(うち1室はハイブリッド手術室)の計15室で手術室を運用しています。心臓血管外科、先天性心疾患センター、呼吸器外科、脳神経外科、小児外科、消化器外科、乳腺外科、整形外科、産婦人科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、形成外科、眼科、口腔外科、救急科、外傷センター、循環器内科、精神科などの手術に対し、24時間体制で対応しています。2019年の総手術件数は8771例で、麻酔科管理件数は5843例でした。
○手術枠の削減へ
2020年4月2日に病院部会の第1回が開催され、重症患者受け入れに対する体制を構築するため、集中治療WGが発足されました。2020年4月6日に第1回集中治療WGを開催し、C棟3階北-ICUの5床を新型コロナウイルス感染症専用の病床とすることとになりました。通常は、集中治療の2床に対し1名の看護師を配置する体制になっていますが、新型コロナ感染症では1床に対し2名の看護師配置が推奨されています。新型コロナ感染症の重症患者を受け入れるためには、ICUでの勤務経験がある看護師などに集中治療室に応援に来てもらう必要がありました。また、軽症・中等症の新型コロナウイルス感染症患者さんへの対応病床の設置も必要なため、一般の入院病床を70%まで削減することになりました。
もともと14床で稼働していたC棟3階の集中治療室ですが、新型コロナウイルス感染症専用を5床確保するためには、新型コロナウイルス感染症以外の患者さんに使用できる病床は看護配置上8床以下になってしまいます。集中治療室では、手術を伴わない重症患者さんや急性心筋梗塞などの管理に加え、心臓血管外科、脳外科手術、食道がん手術、口腔がん再建手術など術後患者さんも多く受け入れていました。使用できる病床が8床以下になると術後患者さんの受け入れが困難となるだけでなく、手術を必要とする緊急症例の受け入れも困難になってしまいます。4月1日付けで、日本外科学会等の外科系学会が共同で“新型コロナウイルス感染症陽性 および疑い患者に対する外科⼿術に関する提⾔” を発表したことなども受け、4月15日に開催された手術WGでは、4月20日より手術枠を5割(7列)に削減していくこととなりました。提言に従い、数日から数カ月以内に手術をしないと致命的になりうる疾患として、緊急性のある手術、がんの手術などを主とし、待機可能な手術は延期する方向となりました。
○新型コロナ感染症患者への手術対応
通常の手術枠を削減した一方、新型コロナ感染症の確定例や疑似症の患者さんの手術を受け入れる体制の構築が必要になりました。ウイルスが他の手術室に広がらないように、新型コロナ感染症の患者さんの手術では、手術室を陰圧にする必要があります。まずは、4月25日に陰圧と陽圧をスイッチで切り替えが可能な手術室の1室(Room.8)を新型コロナウイルス感染症陽性・疑似症患者さん用として準備しました(図1)。スタッフへの個人防御具(PPE)着用の訓練や患者搬送のシミュレーション、手術室内外の連絡手段の設置を行いました。ただし、1室のみであれば、使用後の室内の換気・清掃・消毒に2~3時間要するため、複数の患者さんの手術が必要になった場合は対応できなくなります。特に新型コロナウイルス感染症の妊婦さんなどが、帝王切開になった場合は、急いで手術をする必要があります。また、Room.8は部屋が小さいため、新型コロナウイルス感染症患者の心臓血管外科手術などには対応できません。このようなことも踏まえ、別の1室(Room.6)とハイブリッド手術室(心臓血管外科も実施可能)も陰圧対応ができるようにすることとなりました。
実際に新型コロナウイルス感染症の患者さんを手術する場合は、大変な作業になります。他の手術患者さんへの影響を最小にするため、通行を制限した上での患者さんの搬送を行います。また、手術室内のスタッフはPPEを装着し、手術室外へは出れないので、他のスタッフが手術室の外で待機し、連絡を取りあいます。外で待機する看護師が必要な物品などの補填などを行います。麻酔科医も急変時に応援を要請しにくいため、専門医以上のスタッフで対応する必要があります。手術室は通常でもぎりぎりのスタッフ数で運用していますので、一旦、このような手術が入ると人員的に厳しい状況になってしまいます。外科の先生もPPEを装着した状況での手術が必要なので、大変だったと思います。また、新型コロナウイルス感染症の患者さんだけでなく、ご家族も来院できない場合が多く、説明や同意取得の方法などについての取り決めも実施しました。
新型コロナウイルス感染症の確定例だけでなく、緊急手術が必要な疑似症の患者さんが、当院に搬送されるというケースも多々みられました。特に、夜間や休日のスタッフ数は、通常の手術を1列受けるだけの配置になっているため、このような手術が入ると人員確保に苦慮するとともに、その他の緊急手術の受け入れも困難になってしまいます。そのような状況で大学でしか受けることができない緊急手術や超緊急の帝王切開手術などを、いかに対応していくかが大きな課題でした。
○物資が足りない!
全国の感染拡大に伴い、マスク、帽子、滅菌ガウンなどが不足する状況になりました。定期的に物資の保有状況の情報共有をしていただきました。4月末よりAMMI(Association for Advancement of Medical Instrumentation)レベル1~2の手術には、滅菌ガウンの代わりに布ガウンを使用することになりました。これは、集中治療室などでも新型コロナ感染症の対応のため、滅菌ガウンを使用する必要があったからです。手洗い用消毒液の供給も不安定となったため、ラビング法(注1)からスクラブ法(注2)への切替えも行いました。マスクや帽子の使用も制限し、手術室の廊下では帽子を着用しなくてもよいことにしました。これで患者さんを搬送する病棟看護師の帽子の使用はなくなりました。N95マスクについては、個人持ちで1週間は使用するという状態になっていました。
○ハイリスク患者での術前対応
耳鼻咽喉科手術、口腔外科手術、脳外科経鼻手術などは、術中のエアロゾル発生のため、術者などのスタッフへの感染の危険性が高くなるため、術中の個人防御具(PPE)を完全装備して実施する必要がありました。ただし、長時間になるとかなりの負担になるため、手術前に新型コロナウイルス感染症の有無を確認する必要がありました。手術/IVR/心カテWGでは、鼻咽頭・口腔・気管切開・乳突切開・経鼻下垂体手術などのハイリスク症例では、術前にPCR検査と胸部CT検査を実施することとしました。当時の奈良県での発生率、検査体制を考慮して、手術全症例での術前PCRは実施しませんでした。
全身麻酔での挿管・抜管時はエアロゾル発生のリスクが高くなります。挿管・抜管手技を行う麻酔科医や介助を行う看護師は N95 マスクとフェイスシールドを必須としました。挿管・抜管時に待機する外科医やその他のスタッフは、室外に退避するか、個人持ちの N95 マスクを着用していただくことをお願いしました。室内の換気状況を考慮し、挿管 10 分、抜管 15 分は待機の時間としました。患者さんには、手術室入室から麻酔開始まで、麻酔終了から退室までサージカルマスクの着用を徹底するということになりました。
○手術枠の変動
手術枠は感染状況に応じ、手術部部長・手術対策プロジェクト長である中瀬裕之先生を中心に調整がなされました。2020年4月20日より5割(7列)制限としましたが、感染状況が改善したため、5月22日より7割に拡大、6月22日より8割(10列)と運用としました。第3波の到来により、2020年11月30日から7割、12月14日より6割稼働(予定枠5割+自家麻酔(注3)+オープン枠)に削減しました。感染状況の改善に伴い2021年3月15日より7割に拡大。しかし、すぐに第4波が到来したため、4月19日より6割稼働(予定枠5割+自家麻酔+オープン枠)としました。その後の感染改善に伴い、6月28日より7割稼働としました。第5波の間は感染拡大が著明でしたが、この手術枠を維持しました(図2)。各科の手術の予定はすでに決まっている場合も多く、感染状況から運用方法を決定しても2週間ぐらいの調整期間は必要となりました。以下に、当院の手術件数の推移を示します。また、たとえ手術枠が削減となっても、大学病院でしか実施できない高難度手術を受けられる患者さんはたくさんおられます。上記の手術枠とは別に、オープン枠として前週の木曜日に手術をお受けする制度もあり、そのオープン枠に多くの先生が手術依頼をされておりました。手術を必要とする患者さんがおられる一方、手術枠がないということで、その調整にかなりご苦労されているようでした。新型コロナ感染症の患者さんへの対応に加え、通常の患者さんへの対応との両立ということが重要な課題であると考えられました。
総手術件数 | 麻酔科管理件数 | |
2018年度 | 8879 | 5763 |
2019年度 | 8771 | 5843 |
2020年度 | 6653 | 4682 |
2021年度 | 5470 (4-12月) | 3849 (4-12月) |
○感染拡大でも大学で実施すべき手術を維持するための課題
手術枠を削減しなければならない理由として、1)重症病棟(集中治療室)への看護師の配置、2)軽症・中等症病床への看護師の配置、3)重症病棟への医師の配置、4)集中治療室の使用制限、5)一般病棟の病床数の削減、などがあげられます。対策として、大学病院だけでなく、地域基幹病院でも重症患者の受け入れが可能なように集中治療管理の実施体制を整備する必要があります。集中治療専門医の育成や集中治療に関与できる認定看護師や特定看護師を含めた育成が望まれます。また、軽症・中等症の患者さんはできるだけ、一般病院で治療いただき、重症化した場合に、大学病院や基幹病院で管理するという地域連携の強化が必要と考えられました。また、新型コロナウイルス感染症の確定または疑似症の患者さんの手術ということで、当院へ搬送されるケースも多々あり、通常の手術を制限せざるを得ない状況にもなりました。心臓血管手術、がんの手術、大学病院で実施すべき緊急手術などをタイムリーに受け入れることができる体制を維持していくことで、県民のみなさんの命を守る砦になればと考えます。
最後に、非常に厳しい困難な状況ではありましたが、細井裕司学長や吉川公彦病院長の指揮のもと、各医療者が一致団結して協力しながら、迅速に対応できたことは非常に好ましい状況であったと思います。また、何より現場のスタッフが、厳しい勤務環境の中、献身的に患者さんに対応いただきましたことを心から感謝したいと思います。
以上。
注1 ラビング法・・・アルコール擦式製剤を手掌にとり、乾燥するまで擦り込んで消毒する方法
注2 スクラブ法・・・洗浄剤を配合した手洗い用消毒薬を使ってよく泡立てて擦った後、流水で洗い流す方法
注3 自家麻酔・・・1人が手術をしながら麻酔管理も行う方法