ER/救急/疑似症WGの取り組み

WGリーダー 福島 英賢(救急医学講座教授)

 全国的な新型コロナウイルス感染症感染拡大に伴い、当院においても多数の発熱を伴う救急患者の来院が予想されました。当院における新型コロナウイルス感染症患者の受け入れについて検討が進む中で、新型コロナウイルス感染症の診断がついていない発熱患者、あるいは新型コロナウイルス感染症が否定できない発熱患者への対応が課題として挙げられました。新型コロナウイルス感染症の症状は発熱、咽頭痛、咳嗽、頭痛など非特異的であり、症状から他の呼吸器疾患と鑑別することは不可能であり、またPCRを実施する体制も院内ではまだ整っていなかったことから、多数の新型コロナウイルス感染症を否定できない症例、いわゆる新型コロナウイルス感染症疑似症が多数救急搬送されてくることが予想されました。この状況は救急現場に大混乱をもたらすことになるため、「疑似症」への対応は喫緊の課題でした。
よく、新型コロナウイルス感染の蔓延は「災害」であるといわれますが、多数の新型コロナウイルス感染症症例や疑似症が救急搬送される事態はまさしく災害であり、適切なトリアージと限られた医療資源を有効に活用することが重要であり、これらはまさしく「災害医療」の観点でした。

 当時、新型コロナウイルス感染症疑似症は保健所でのPCR結果が出るまでの期間の3日は疑似症としての対応を解除することができなかったため、疑似症例のみで入院病床が逼迫することも懸念されました。しかし当初は県庁や県内の他医療機関において、新型コロナウイルス感染症の診断がついた症例の受け入れの議論が主であり、疑似症に対する議論がなかなか進みませんでした。特に呼吸不全に至った疑似症の重症例に対応できるのは当院だけであったことから、非常に気を揉んだことを覚えています。
そこで、当院では2020年4月に病院部会の下部組織としてER/救急/疑似症ワーキンググループを設置し、発熱患者の救急対応について検討を開始しました。まず、どのような症例を新型コロナウイルス感染症の疑いの高い症例とするかでした。これについては症状と疫学情報からなるスクリーニングを感染症内科医中心に作成いただき、運用することとしました。

図1 スクリーニングシート
図1

このスクリーニングは6月15日以降、県下の消防機関にも県庁から周知することとなり、全ての救急搬送にも適用することとなりました。このスクリーニングを県内の消防機関および各医療機関で共有できたことは非常に大きく、その後の県内の救急搬送において大きな混乱は生じませんでした。実際、37.5度以上の発熱患者の救急搬送件数は2019年と比して大きな変化はないものの、4回以上病院に問い合わせしなければならない症例の比率は2020年では高くなっていました。しかしながら、全搬送における4回以上の病院照会比率は前年度、前々年度とほぼ同等でした。

図2A グラフ
図2a
図2B グラフ
図2b

 当院で行なっている土日祝日のER(病院照会3回以上の救急搬送困難例への対応を目的とした診療体制)においては各診療科からの担当責任医師(指導医)が対応することとなるため、先のスクリーニングに該当しない新型コロナウイルス感染症の可能性の低い症例に対応することとし、該当することが判明した場合は県内発熱医療機関または当院感染制御内科で対応することとしました。
このルールは4月中旬より運用開始とし、当番のER指導医に周知を図りました。現在は発熱のある症例を診察する「発熱トリアージ外来」が設置されていますが、当初は、新型コロナウイルス感染症確定例や疑いの高い症例は地下にある感染制御内科外来で対応することになっていました。しかし、救急搬送される疑似症は自力では動けず、救急隊のストレッチャー上から動けない患者さんが主であり、地下への誘導は困難でした。このため、当初は救急外来前の屋外で診察を行うこととしました。その際、搬送してきた救急隊の感染ゴミの処理などについても議論を行いました。
このように救急搬送される疑似症への対応方針をワーキンググループで決定した結果、奈良県で運用している救急医療情報管制支援システム:e-MATCHのデータによれば、2020年6月から2021年2月までの期間にERに搬送された737例中、37.5度以上の発熱患者は121例であり、そのうち後日新型コロナウイルス陽性が判明した症例は0例でした。
一方、すでに呼吸不全に至ってしまった重症の疑似症例は先に述べたように県内の対応医療機関が遅々として定まらず、県内で唯一、突貫工事で設置した陰圧室のある当院救命センターだけが対応できる状況でした。そのような状況で5月に県内初の呼吸不全を呈した疑似症例が他医療機関から当院へ転院となりました。救命センタースタッフにとっても初めての感染防護具装着、陰圧個室内で気管挿管、人工呼吸管理の対応例でした。新型コロナウイルス感染症感染疑いの高い症例への初めての気管挿管を終えたスタッフはその後、フェースガードに飛沫物が付着しているのを見て、ゾッとしたといいます。この症例は結果として新型コロナウイルス陰性であり、独歩退院となっています。

 その後は県内でも疑似症例に対応する医療機関が設置され、また院内においてもC棟3階ICUでの新型コロナウイルス感染症症例の受け入れ体制が整い、救命センターICUは重症の疑似症を主として対応することとなり、発熱トリアージ外来も設置され、スムーズな受け入れ態勢が整いました。

 以上、ER/救急/疑似症ワーキンググループは救急搬送される新型コロナウイルス感染症疑似症例についての対応を検討し、運用してきました。結果としてERや救急搬送によって院内クラスター発生といった大きなトラブルが起きなかったことは幸いであり、今回の新型コロナ感染に「災害医療」における「トリアージ」の概念を含めて対応を進めてきたことが功を奏したと考えられます。