中央臨床検査部の対応
中央臨床検査部 部長 山﨑 正晴
Ⅰ 新型コロナウイルス核酸検出検査について
1. 本学での初期検査対応
当院での新型コロナウイルス感染症患者の受け入れが始まった当初は、その診断や隔離解除のための核酸検出検査はすべて感染症センターから奈良県保健研究センターに行政検査として検体が提出され、判定されていました。しかし、患者の増加に伴い院内での検査のニーズが高まり、2020年2月に当時の古家 仁 病院長から中央臨床検査部に対して同検査の受託要請がありました。部内で検討した結果、ルーチン業務を継続しながら当時の人員配置と機器配置で直ちに受注できる状況にないことを古家病院長にお伝えしたところ、追って「本学の微生物感染症学講座(矢野寿一教授)が引き受けていただけることになった」と連絡を受けました。この時期の核酸検出検査は国立感染症研究所の病原体検出マニュアルに基づく検査法であり、それに沿って微生物感染症学講座で検査するための試薬や不足する検査機器が同年2月末から3月末までの間に、病院管理課を中心とした調整により、購入および奈良県保健研究センターからの無償貸与で調達されました。準備が整い、微生物感染症学講座での検査が開始された後も患者は増え続け、同教室で設定された受注限度枠1日5検体を遙かに上回る検査を実施せざるを得ない状況となりました。この事態を受け、同年4月14日から病理診断学講座(大林千穂教授)のご配意により同教室の専攻医2名が微生物感染症学講座に検査要員として派遣されました。また、吉川公彦病院長のご判断で、同年4月20日から暫定的に新型コロナウイルス確定例および疑似症例検体の核酸検出検査を委託業者に外注することが可能となり、中央臨床検査部で外注委託分の検体の梱包と返却された検査結果の管理を担いました。
2. 中央臨床検査部での検査対応
前述のとおり、古家前病院長に中央臨床検査部として核酸検出検査に対応困難とお答えしたものの、その後の患者急増の状況を踏まえ、当部の遺伝子検査室と病原体検査室の臨床検査技師が中心となり2020年3月中旬から部内での検査実施の可能性を探ることになりました。この頃には各試薬メーカーから薬事承認された核酸検出キットが上市されはじめており、これらを用いた検査が当部で可能か検討しました。市販キットは国立感染症研究所の検査法より幾分手順が簡便であり、多くの検体を継続的に検査するためにその導入が必須であると技師自ら判断し、情報収集と候補キットの絞り込みを行いました。その後、微生物感染症学講座から一部の試薬やRNA検体の譲渡を受け、検証作業を進めました。
一方、当時の市販キットは患者検体からウイルスのRNA抽出する過程が必要であり、これをどのように実施するかが課題となりました。国立感染症研究所の病原体検出マニュアルには、検体はバイオセイフティーレベル(BSL)2以上の実験施設内の安全キャビネット内で取り扱うよう記載されています。当部の病原体検査室はBSL2 [P2レベル]施設ですが室内に設置された安全キャビネットでは絶えず通常検体の処理が行われています。また、同室の一部の区画がBSL3 [P3レベル]対応ですが、そこではBSL3の病原体である結核菌の培養・同定・遺伝子検査に時間的・空間的に占有されている状態でした。患者の呼吸器由来検体にウイルスが存在する以上、そのRNA抽出作業は病原体検査室で行う以外に選択肢はありません。しかし、コロナ対応のために他の病原体検査を縮小することは検査部としてありえない選択です。技師の安全を軽視せず、かつ、その業務負担を可能な限り軽減しながら病院のニーズにどう応えるか煩悶しました。
その最中の4月半ば、病院管理課より検査関連の追加予算措置が奈良県から成された旨の連絡が入りました。それは医療機関へのコロナ対応支援を図り、当院に対しては検査拡充を目的とした全自動核酸同定検査機器や周辺設備・試薬の購入を可能とするものでした。この予算措置が裏付けとなって複数の安全キャビネットの追加や作業効率向上に欠かせない全自動核酸抽出装置の検査部への設置に見通しが立ちました。そして、遺伝子検査室で血液腫瘍の検査に使用している全自動核酸抽出装置にコロナ検体対応仕様の試薬を搭載して病原体検査室のP3検査室に移設し(移設後、血液腫瘍の検査は新たな全自動核酸抽出装置が納品されるまでは手動で核酸抽出)、そこで抽出されたRNAは遺伝子検査室に移送され、「2019-nCov検出蛍光リアルタイムRT-PCRキット(シスメックス社製)」を用いて核酸検出検査を行える目処が立ちました。同時に電子カルテから医師がオーダーをかけ、検体のバーコードラベルの発行や会計処理・検査結果報告表示へ連携するシステムの構築を行い、2020年5月1日より院内受注を開始。同年5月6日より微生物感染症学講座と委託外注業者への臨床検体の搬入が中止となり、中央臨床検査部で一括して核酸検出検査を行える体制となりました。また、当部の同検査の立ち上げに技術的支援をいただいた病理診断学講座においても同時期にmiRNA用のキットでコロナRNAを抽出し、「コバスSARS-Cov-2(ロシュ・ダイアグノスティクス社製)」を用いた検査が可能となり、当部での検査体制に障害が発生した場合のセイフティーネットが構築されました。
当部での受注開始後、遺伝子検査室と病原体検査室の要員に加え、当初は生化学検査室と一般検査室の技師計2名の応援を得て、現在(2022年7月)まで、平日は1日2回、休日に1日1回、それぞれの締め切り時刻までに検査部に搬入された検体をまとめて検査する体制を敷いています。また、検査の信頼性や単価、部内の検体の動線を勘案した各種の核酸検出キットの比較検討を行い、その結果を踏まえ、従来のシスメックス社のキットから検査コストがより安価な「SmartAmp2019新型コロナウイルス検出試薬(ダナフォーム社製)」と病原体検査室に設置されている結核菌の核酸検出検査に用いられる機器に対応した「LoopAmp新型コロナウイルス2019検出試薬キット(栄研化学社製)」を用いた検査にシフトしました。
2020年7月末にはRNA抽出作業が不要な全自動核酸検出装置[GeneXpert(ベックマン・コールター社製)およびミュータスg1(富士フイルム和光純薬社製)]とその試薬が当部に搬入されました。当部としても業務負担の軽減に繋がる検査の省力化と迅速化が期待され、早速、機器の設置と検査の検証作業を始めましたが、その運用には大きな問題がありました。GeneXpertは全世界で使用される迅速で信頼性の高い機器ですが、シェアが巨大であるが故にその試薬カートリッジの供給が追いつかず、1ヶ月に10検体分しか納入されない状態が続き、日常の検査の主力に据えることができませんでした。また、ミュータスg1は初期検証の段階でRNA抽出過程の特殊性の問題および一定頻度で「検査無効(Invalid)」が出現する問題があり、これらに対処するため試薬改良および検査手順改定の検証を富士フイルム和光純薬株式会社からの受託研究として当部が引き受けることになりました。この検討を経てミュータスg1で院内の検査を実施可能と判断するには2021年の年明けまで待たざるを得ませんでした。それでも、当部で検討した検査法を複数稼働させられることは大きな意義があります。感染の波が押し寄せるたびに、検査に関する備品や試薬の一部に納品遅延や遅延が危惧される状況が繰り返され、一部の検査法の継続が困難になった場合でも別法でカバーできる体制は病院が新型コロナウイルス感染症患者を受け入れ続ける上で維持しなければなりません。
一方で、試薬や担当技師の業務が逼迫する怖れがある以上、不急の核酸検出検査に関しては委託業者への外注も併用せざるを得ません。たとえば、本学学生の院外研修の際に核酸検出検査の陰性証明を求められる場合、検査は業者に委託され、教育支援課がリスト作成と検体採取スケジュールの調整および検査結果の確認とその事後の処置を担っておられます。また、新型コロナウイルス感染への怖れを抱く妊婦に対する核酸検出検査も外注委託することになっています。さらに、職員やその家族が、感染患者と濃厚接触もしくはそれに準じる接触があり核酸検出検査を希望される場合なども外注委託を可能とすることが2022年1月28日の新型コロナウイルス感染対策病院部会で承認されました。外注委託では検査そのものは業者で実施されますが、提出された検体の一部の取りまとめと梱包作業、および検査前・検査後のプロセスの調整に関する事項は当部の委託検査・システム係が対応しています。なお、新型コロナウイルス検出検査のうち抗原定性検査に関しては、当部の病原体検査室が使用するキットの選定や運用手順の作成および検査結果登録には寄与していますが、検査実施は各診療科に委ねています。
Ⅱ 新型コロナウイルス確定症例および疑似症例の臨床検査について
1. 検体検査の対応
当院で新型コロナウイルス感染症の受け入れが始まった当時、まだ、その疫学やウイルスの特徴に関して未解明な部分がほとんどで、その確定例や疑似症例からの検体をどのように扱うかについて部内で検討を繰り返しました。2020年2月10日に発表された日本臨床微生物学会から出された注意喚起には微生物検査検体以外の臨床検体であっても取り扱うエリアを限定するように記載されていました。当部にはエボラ出血熱等の1類感染症患者が当院に搬送されてきた場合に備えて病原体検査室の安全キャビネット内で操作できるポータブル型の検体検査装置(末血・生化学・血液ガス分析)が配置されていますが、これらは検査項目が限定され、かつ、複数検体を同時に測定できない仕様のため、多くの新型コロナの確定例や疑似症例に適用するのは現実的ではありません。そのため、やむなくこれらの検体は一旦、病原体検査室に搬入し、血清分取のため遠心後に採血管の蓋を開ける等のエアロゾルの発生する操作を同室内の安全キャビネット内で行い、それ以後の検査を各部門の自動分析装置で行う運用としました。その後、日本臨床検査医学会から「日常検査体制の基本的考え方の提言」が2020年4月13日に出され、呼吸器系材料・便はウイルス曝露リスクが高い操作までBSL2 以上の検査室の安全キャビネット内での取り扱いを要するも、血液、尿などは検体容器を開けずに検査できる自動搬送システム、自動分注機または自動検査装置を用いるなら一般の検査室での通常通りの取り扱いができることが示され、当部の運用が妥当である裏付けとなりました。さらに、病院長に要望し、一般の検査室にも安全キャビネットを設置していただき、そこで自動開栓処理ができない検体の開栓を行えるようになり作業効率が向上しました。それでも種類によっては自動検査装置では行えない検査があり、それを周知するため、ベッドサイドのスタッフ向けに検体検査の取り扱いについてとりまとめた案内を作成し、2020年4月15日に初版を公表しました。その後、適宜改訂され、現在(2022年7月末)「検体検査に関する取りきめ」(第1.5版)として公開しています。
2. 生理検査の対応
新型ウイルス感染確定患者やその疑似症患者の心電図や超音波検査などの生理検査は中央臨床検査部では実施せず、対応病棟に設置されている機器で病棟スタッフにより施行されますが、脳波等の専門の知識と技術を要する検査に関しては担当技師がFull PPE(全個人防護具の装着)にて対応しています。また、呼吸機能検査は周囲への汚染飛沫・エアロゾルの拡散を生じ感染拡大を来す可能性が懸念されるため、コロナ以外の一般の被検者を対象とした検査においても、測定装置と被検者の間に接続する肺機能検査用フィルターを日本呼吸器学会の提言に沿ったウイルス濾過率の高いものに変更し、また検査を実施する技師にガウン・キャップ・フェイスシールドを含めた個人防御具の着用を義務づけています。
Ⅲ 最後に
この原稿は第7波の真っ只中で執筆しています。ここには書ききれない憤りや反省の念も数多く抱いておりますが、毎日押し寄せる検査依頼とその調整に四苦八苦しながら、今はただ、黙々と業務を遂行する検査技師とご支援いただいた皆様に深謝いたします。
「PCR検査の初期の対応」について
病院管理課
2020年当時、新型コロナウイルス感染症PCR検査は検査に4~6時間かかり、手間と時間を要していて、中央臨床検査部での対応が難しく、微生物感染症学講座が検査を対応されていました。新型コロナウイルスPCR検査数が増加してきた際は、検査会社2社(BML・ファルコバイオシステム)への外注も併用していました。
この時期に微生物感染症学講座を臨時の衛生検査所として登録し、行政検査を受託できるようにしようという動きになり、登録に向け、総務課を中心に動き出しましたが、教育機関から申請することが条件的に厳しく、微生物感染症学講座が医療機関(附属病院)からの委託を受けての申請であれば可能であることがわかり、病院管理課から2020年3月31日に奈良県へ微生物感染症学講座の臨時衛生検査所登録申請を行い、2020年4月10日付で登録されました。
登録されたことにより、奈良県保健研究センターからリアルタイムPCR検査装置1台の貸与を受け、行政検査として本学で1日5名の検査の受託が可能な体制となりました。
微生物感染症学講座が臨時衛生検査所の登録を受けるのと同時に中央臨床検査部でも新型コロナウイルス感染症PCR検査に対応できるように、国の感染症検査機関設備整備事業補助金を活用して、迅速にPCR検査が行える全自動遺伝子解析装置(※4モジュール)を4台、安全キャビネット3台を4月16日に購入しました。
迅速に結果がわかる機器を新たに導入したことで従来4~6時間かかっていた検査が1~2時間で終わり、全自動遺伝子解析装置4台のうち、2台を4月23日より活用し、1日32件検査できる体制に、残り2台については検査用試薬調達等の問題が解決した秋から活用し始め、1日64件検査できる体制になりました。また微生物感染症学講座でのサンプル検体を用いて、中央臨床検査部で実際に検査を行い、検査結果の整合性チェックを行いました。
このことにより中央臨床検査部でも新型コロナウイルス感染症PCR検査を安全かつ迅速に行える体制となったので、2020年5月4日からは、附属病院での新型コロナウイルス感染症PCR検査については微生物感染症学講座での検査及び検査会社への外注から、中央臨床検査部での検査へ移行をしています。
※4モジュールとは1回の検査で最大4検体検査できる仕様