病院外での取組

感染症センター 教授 笠原 敬

ここでは主に当院の院外での新型コロナウイルス感染症に対する取り組みについて振り返ります。

1. 奈良県新型コロナウイルス感染症に関する連絡会

 当院は奈良県唯一の第一種感染症指定医療機関として、2003年から毎年新型インフルエンザ等の感染症患者の受け入れ訓練を行ってきました。そして2020年1月25日には日本国内で感染したと考えられる初めての患者を受け入れました。全国的に感染の拡大が懸念される中、2月1日には奈良県文化会館で当院を含む感染症指定医療機関や保健所等が集まり、第1回の連絡会議が開かれました。万が一、さらに感染が拡大した場合に、我々が持っているノウハウを、いかに迅速に、正確に他の医療機関に水平展開できるかが議論になりました。
 この連絡会議は第2回が2月17日にエルトピア奈良で開催され、第3回からはオンライン会議になりました。2022年5月26日時点で開催回数は70回を数え、県や保健所などの行政関係者や医師会、病院協会、看護協会や薬剤師会などの代表者、各病院の関係者など、1回あたりの参加者は300人を超えるようになりました。当院からは吉川病院長、感染症センター笠原救急救命センター福島教授、病院経営部長などが毎回参加し、要所要所で当院の状況や取り組みを紹介し、共有してきました。この会議への参加と情報発信は、後述する我々の様々な取り組みとあわせて奈良県内の医療提供体制構築に非常に重要な役割を果たしてきました。

2. 発熱外来認定制度の支援

 当初、患者数はどこまで増えるか不透明で、「自分が診ることになる」という危機感を持てない医療機関もありました。また、いざ疑いの患者が来たときに、どのようにして診療したら良いか分からない、という声も多く上がっていました。特に患者がまず第一に受診する診療所での診療体制の整備は喫緊の課題でした。そこで2020年2月24日に奈良県医師会、奈良市医師会と協力して医師向けの研修会を開催しました。その後、奈良県では2020年6月18日に全国に先駆けて奈良県独自の発熱外来認定制度が開始されました。感染症センター笠原は2020年7月11日の発熱外来認定医療機関説明会と2020年10月18日の発熱外来認定医療機関シンポジウムに講師として参加し、2022年5月25日時点で発熱外来認定医療機関は430件まで増えました。また後述のように、感染症センターの医師が発熱外来開設時の現地指導も行いました。

3. 重点医療機関、帰国者接触者外来、発熱外来等開設時の現地指導

 患者の受け入れに不安があったのは診療所だけでなく、病院でも同様でした。新型コロナウイルス感染症患者の入院を受け入れる医療機関を重点医療機関と呼びますが、全国的にも重点医療機関の数は伸び悩んでいました。そこで2021年4月15日に奈良県は全国で初めて「県内全75病院に対して病床確保を要請」しました。これは改正感染症法に基づくものであり、同時に奈良県が新型コロナウイルス感染症に対して医療提供体制を充実させることによって対応していくという姿勢を明示したものでもありました。
 ただ、要請したからといって、すぐに病床が準備できるわけではありません。ゾーニングや必要職員数、感染対策など現場では様々な問題点や疑問点がありました。そこで感染症センターでは病院や診療所が重点医療機関、帰国者接触者外来、発熱外来などを開設する際に医師を派遣し現地指導を行いました(表 1)。特に重点医療機関および帰国者接触者外来の開設にあたっては全施設の現地指導を行いました。また第4波では重症患者の数が増え、重症病床がひっ迫しました。そこで感染症センターや集中治療部の医師が県職員とともに重点医療機関を訪問し、重症病床の確保について相談と議論を行いました。

施設派遣人数
病院35施設医師延べ36人
診療所など6施設医師延べ6人
表 1 重点医療機関、帰国者接触者外来、発熱外来等開設時の現地指導の施設数および派遣人数

4. 宿泊療養施設の開設支援

新型コロナウイルス感染症患者の中には、無症状、あるいは軽症の方も多くいることが分かり、全員を病院に入院させることが難しい中、2020年4月には「宿泊療養施設」の開設という新たな課題が発生しました。「ホテルで感染性の高い患者を診る」という全く前例のない課題に対し、新大宮駅前の東横INNにおいて感染症センター笠原が奈良市医師会と協力して複数回の準備会議と現地指導を行いました。また開設後しばらくは感染症センターの医師が順番に担当しました。その後も奈良県内の宿泊療養施設開設の際は、全て笠原が現地指導を行いました。

ホテル(宿泊療養施設)名指導日
東横INN奈良新大宮駅前2020/4/21
ビジネスホテル大御門2020/12/17
(旧)ホテルフジタ奈良2020/12/23
グランヴィリオホテル奈良-和蔵-2021/4/9
スマイルホテル奈良2021/4/16
奈良ワシントンホテルプラザ2021/5/1
スーパーホテル奈良・大和郡山2021/9/2
ホテルルートイン桜井駅前2021/9/11
御宿野乃奈良2021/9/25
表 2 現地指導を行ったホテル名と指導日
図 1 宿泊療養施設の開設支援の様子
図 1 宿泊療養施設の開設支援の様子

5. ならこびnet(奈良県新型コロナウイルス感染症対策強化事業)

 2020年5月、ゴールデンウィーク中の医療崩壊も何とか回避できて一息ついた頃、奈良県では、①さらなる医療提供体制の確保、②クラスター対策、③出口戦略、の3つが課題になっていました。特にクラスターについてはすでに国内でいくつも大規模なクラスターが発生しており、とりわけ高齢者施設のクラスターでは多数の死者がでるケースもありました。そこで感染症センターは、流行当初からある程度構想していた「新型コロナウイルス感染症対策事業」を奈良県に提案しました。この事業は、病院や福祉施設、一般事業所でのクラスターの予防と発生時の対応を目的として、SNSなどを用いた情報共有、研修会の開催、現地指導などを行うもので、奈良県もすぐにその重要性を理解し、6月に補正予算が成立し、7月から活動が始まりました。感染症センターが事務局を担当し、名前は「ならこびnet(ホームページTwitterFacebook)」と名付けました(表 3)。この事業では令和2年度に県民の新型コロナウイルスの抗体保有率調査なども行いました。

・病院や福祉施設などの感染防止マニュアルの作成
・病院や福祉施設などの現地指導
・出張PCR検体採取
・研修会の開催
・ホームページやSNSの運営
・その他の相談事業
表 3 奈良県新型コロナウイルス感染症対策強化事業の事業内容

6. クラスター予防およびクラスター発生時の病院や福祉施設、事業所などの現地指導

 ならこびnetの最も重要な事業の一つが、クラスター予防、あるいはクラスターが発生した際の病院や福祉施設、事業所などの現地指導です(図 2 )。これには感染症センターの医師だけでなく、感染管理室の看護師、さらには奈良県内の様々な病院の感染管理認定看護師や感染制御実践看護師などの専門職の力を借りました。福祉施設や病院、事業所などで患者が発生した場合、保健所や県の担当課に連絡が入り、そこから事務局である感染症センターへ取り次がれ、指導する専門職の人選や派遣調整、事務手続きなどを行います(図 3)。2022年5月26日時点でクラスター予防を目的とした福祉施設の指導は116施設(表 4)、クラスター発生時の現地指導は病院24施設、福祉施設39施設、事業所、学校など7施設(表 5)にのぼっています。
 これらの指導については最初のうち感染症専門職も手探りでした。2020年7月には、奈良県介護保険課や障害福祉課と協力して、いくつかの高齢者施設や障害者施設を見学させてもらいました。感染者数の増加に備えて専門職側も対応体制を拡充する必要があり、複数名、複数職体制で対応すること、さらに保健所、市町村、県職員など自治体職員にも同行してもらい、「対応力」を強化することを重視しました。2022年になり、国でも高齢者施設への時の専門職派遣が求められるようになりましたが、奈良県では2年近く前からその体制を構築していました。この現地指導は、奈良県新型コロナウイルス感染症対策本部会議でもたびたび取り上げられ(図 4)、またメディアでも取り上げられました。
 福祉施設における感染対策マニュアルの作成も大きな課題でした。奈良県介護保険課や障害福祉課と協力してマニュアルを作成し、何度も改訂を重ねました。特に実際に福祉施設と協力して作成したコロナ対応動画は非常に実践的な内容になっており、全国でも類を見ないものとなっています。

施設派遣人数
福祉施設116施設医師延べ46人、看護師延べ191人
表 4 クラスター発生予防を目的とした福祉施設の指導数と派遣人数
施設派遣人数
病院24施設医師延べ41人、看護師延べ10人
福祉施設39施設医師延べ60人、看護師延べ26人
事業所、学校など7施設医師延べ8人
表 5 クラスター発生時に現地指導を行った施設と派遣人数
図 2 クラスター発生時の現地指導の様子
図 2 クラスター発生時の現地指導の様子

図 2 クラスター発生時の現地指導の様子

図 3 クラスター発生時の専門職派遣の調整フロー
図 3 クラスター発生時の専門職派遣の調整フロー
令和3年7月9日(金)第25回奈良県新型コロナウイルス感染症対策本部会議資料から
令和3年7月9日(金)第25回奈良県新型コロナウイルス感染症対策本部会議資料から
令和3年9月29日(水)第29回奈良県新型コロナウイルス感染症対策本部会議資料から
令和3年9月29日(水)第29回奈良県新型コロナウイルス感染症対策本部会議資料から

図 4 奈良県新型コロナウイルス感染症対策本部会議資料での病院や福祉施設の現地指導の取り組み紹介

7. ワクチン接種の支援

 奈良県は全国で初めて新型コロナワクチンの住民接種に研修医が協力する体制を作りました。当院では研修医はもちろん、様々な診療科から指導医が住民のワクチン接種に協力しています。
 また実際のワクチン接種にあたっては、「筋肉注射」の方法が問題になりました。当院整形外科・臨床研修センター副センター長の仲西医師は、「腕をだらんと垂らして肩峰からおよそ3横指」を目安に筋肉注射を行うことで合併症を減らすことができると提唱し、その方法が全国で採用されました。またその様子はNHKなどで大きく報じられました。
 またその他にも総合診療科西尾教授や救急救命センター福島教授、感染症センター笠原は奈良県の設置した新型コロナワクチン有識者意見交換会の委員として、会議に参加しており、さらに各市町村が設置している予防接種健康被害等調査委員会には、感染症センターの医師などが専門家として参加しています。

8. 出口戦略と日常生活における感染対策指導

 新型コロナウイルス感染症の出口戦略においては、2020年5月に「奈良県新型コロナウイルス感染症対策出口戦略検討会議」が設置され、また「経済活性検討部会」や「社会活動検討部会」が設置されました。感染症センター笠原は感染症専門家として部会に参加し、意見を述べました。また、県民に対する正しい情報発信も非常に重要な課題でした。県民だよりなどで複数回新型コロナウイルス感染症について発信し、さらに奈良テレビのコマーシャル、あるいは奈良県のYouTubeチャンネルで、3感染経路(接触、飛沫、エアロゾル)遮断について解説しました。また、奈良県の新型コロナウイルス完成防止対策認証制度の開始にあわせて飲食店宿泊施設における感染対策のポイントについて解説し、それぞれ30分ずつ奈良テレビの特番として放送されました(現在はYouTubeで視聴できるようになっています)。
 日常生活における感染対策指導では、主に笠原がMBTコンソーシアムと協力して様々な業種業界の無料相談を受けました。大きなイベントではNHKスペシャルなどで放映された東大寺修二会の感染対策がありました。またその他に大規模カンファレンスや商店街、夏祭り、音楽コンサート、ミサなど多岐にわたり、その活動の一部は冊子にまとめられています。

9. 新型コロナウイルス感染対策責任者~感染対策はやってもらうものではなく、自分でやるもの~

 2022年に入り、オミクロン株が席巻し、一般事業所はもちろん、医療機関や福祉施設でも多数の大規模クラスターが起きています。我々も引き続き要請に応じて現地指導を行っていますが、やはり限られた専門職で全てに対応するのは困難です。そこで奈良県は2022年4月から医療機関および福祉施設において「新型コロナウイルス感染対策責任者」の登録制度を開始しました。感染対策は他人にやってもらうものではなく、自分で行うものです。そういう意味で、この制度は非常に重要なものです。6月7日には高齢者施設や障害者施設の新型コロナ感染対策責任者に対するオンラインの説明会も開催しました。「ならこびnet」ではこの制度を踏まえて、さらにオンライン研修会やマニュアルの整備を現在も行っているところです。

10. 医療提供体制の再構築

 2022年2月18日の第32回奈良県新型コロナウイルス感染症対策本部会議で奈良県は「オミクロン株の特性と現在の感染状況に対応した奈良県医療提供体制の再構築に向けての考え方」を発表しました。オミクロン株の高い感染性のために感染者が急増し、保健所の対応が追いつかなくなりました。また基礎疾患のない人の軽症や無症状の感染例が急増し、奈良県が従来目指してきた「全例入院または宿泊療養施設」の原則の根底が変化したことや、小児、妊婦、透析患者の感染例の増加、高齢者施設でのクラスターの多発などのため、従来の重点医療機関を中心とする対応では手が回らなくなりました。より多くの医療機関で新型コロナウイルス感染症を診療できるようにする、またそのためには従来行っている医療の内容を変化させる、そういった意味が「再構築」には込められていました。
 このようなことを背景に、奈良県から笠原に①新型コロナウイルス感染症の治療マニュアル、②新型コロナウイルス感染症のクラスター予防・対応マニュアルの2つの作成が依頼され、説明会などを経て現在奈良県のホームページに掲載されています。

11. メディア対応

 本学の新型コロナウイルスの対応については、様々なメディアから取材依頼がありました。新型コロナウイルス感染症診療の現場の取材は、取材する側、される側の双方にとってリスクやストレスが発生する可能性が高く、事前に細やかに調整を行いました。取材を受けたもののうち代表的なものを紹介します。

12. 終わりに

 さて、国では「3密の回避」「医療崩壊を避ける」姿勢から、ようやく「日常生活を取り戻す」「医療提供体制を充実させる」方向に変化してきましたが、奈良県では「感染経路を遮断しながら日常生活を取り戻す」「医療提供体制を充実させる」姿勢が示されてきました。新型コロナウイルス感染症は、①ウイルス自体の変化(アルファ株、オミクロン株など)、②ワクチンの開発、③治療薬の開発、などによって、第1波から第6波まで、常にその姿を変化させています。一旦対策や体制を作っても、すぐにそれを変化させる必要があります。私たちは、①なるべくコロナに感染しない、②コロナに感染しても安心な医療提供体制を構築する、③健康な日常生活を送れる、ことを目的として、自分たちにできることを病院内だけでなく、病院外の状況も見渡しながら、しっかりと準備し、関係者と協力して対応していきたいと考えています。

 末筆になりましたが、私たちと一緒に病院内外での新型コロナウイルス感染症対策に関わっていただいた関係者の方々に改めて御礼を申し上げます。